耕作放棄地の所有者は、その土地を再び活用するか完全に放置するかの選択を迫られ続け、精神的な負担を感じているという。そこで、活用も放置もしない第3の選択肢を提示する企業が現れた。
株式会社むじょうは、ヤギを貸し出して機械も薬も使わない自然な雑草管理を行うサービス「草刈りヤギちゃん」を今年4月から提供している。これは「人と土地が“無理なく、心地よく”つながり続けるための管理モデル」ということだ。同社はこのほど、神奈川県湯河原市に自社牧場「湯河原・スピルバーグ・ヤギポート」を本格開設し、ヤギを使った耕作放棄地の「ゆるやかな維持」(粗放管理)の有効性を検証するための実証実験を開始した。

ちなみになぜ「スピルバーグ」なのかと言えば、牧場開設に協力してくれた稲葉建築事務所の稲葉勉氏が「湯河原にスピルバーグ監督を呼ぼう!」という活動を行っていることから、稲葉氏の夢の実現の一助になればとの願いを込めたということだ。
ヤギは、放っておけば草を食べてくれる。刈り取った草を処分する必要もない。人や機械が入りにくい急斜面も大丈夫。除草剤のように土壌への影響を心配しなくても済む。土地の荒廃を防ぎつつ、将来の農地化または自然再生の選択肢を消さない。さらに、かわいいヤギを見に人が集まり、地域のコミュニティー拠点にもなるなど、ヤギにはいろいろなメリットがある。

むじょうは、そもそも葬儀関連企業だ。死、別れ、解散、衰退などの変化に「優しい眼差しを向ける会社」という理念を掲げることから、人の死だけでなく、社会の衰退にも目を向けた。増やす、発展させるという右肩上がりが社会の目標だったこれまでとは異なり、今はどう縮小させるかを考えなければならない時代になった。そこでむじょうが打ち出したのは、そうした変化を受け入れ、現状に合わせて生活環境を縮小し、そのかわりに暮らしを充実させる「縮充」という概念だ。
むじょうはこれに従い、「無理に守らない」、「適切な規模に畳む」、「余白を活かす」という視点で人口が減少する地域の新しい設計図を描いている。ヤギを使った耕作放棄地の粗放管理は、まさにその象徴的な事業といえる。今後は、土地との適度な距離感を保ち、地域と土地の可能性を閉ざさないための取り組みを進めていくということだ。