きれいな字かどうかはそれを母国語にする人なら一目でわかるが、ではどういう字がきれいで、どういう字が下手クソなのかを説明しろと言われても言葉に詰まる。そこで、金城大学と中京大学の研究チームは、字の下手さ加減を定量化して可視化する手法を世界で初めて開発した。
下手な字の特徴のひとつに、同じ字を書いても、横棒や斜め線の角度が一定でなかったり大きさがまちまちだったり、形がそろわないというものがある。何が美文字かは価値観の違いにもよるが、少なくともつねにお手本どおりの字が書けていれば字が上手いと賞賛される。研究チームが開発したのは、ペンでお手本をなぞり、お手本の線とペンの線とのズレを数値化するという方法だ。ただし、お手本を鏡で反転させた像だけを見て行う。左右は簡単だが、上下が反対になるので、斜めの線をなぞるときに大いに頭が混乱する。こうした厳しい条件で測定する。

これは、意図した動きと視覚情報が一致しない「視覚運動変換課題」と呼ばれるものだ。お手本とペンの線とのズレは、その高精度な座標データを「情報理論にもとづくエントロピー指標で定量化」する。つまりバラツキの数値化だ。
研究チームは、これを検証する装置を用意して実験を行った。被験者には鏡像を見ながら図形をなぞる課題を100回繰り返してもらった。そこでわかったのは、図形を描くという一連の動作でも、部位によって難易度が変わるということだ。横棒や縦棒はズレが少ないのに対して、斜め線では乱れが大きくなる。ひとつの動作のなかにも難易度が異なる部分があるため、そこを意識しなければ上達は遠いことになる。

文字を書くときだけではない。たとえば鉄棒の逆上がりでは、出だしはよくても途中でうまくいかずに動作が止まってしまう、なんていうことがある。また、いつもは身体の正面で普通にできている動作も、ちょっと横向きにやってやるとうまくできないということもある。これは「運動の出力(運動系)と筋感覚(固有感覚)からのフィードバック(知覚系)の適合が、場面によって異なるため」だと研究チームは説明している。運動は空間的要因と身体的要因との兼ね合いが重要であり、美しい文字を書くという「運動」にもそれがあてはまるというわけだ。
実験では、この課題を繰り返すうちに次第に乱れが少なくなることが確認できた。そのため、このように文字の乱れがちな部位を繰り返し練習すれば字が上手になる可能性がある。また、いつも正しい姿勢で書きましょうという小学校の先生の教えには根拠があることもわかった。この研究は筆記に限らず、運動全般の学習メカニズムの理解にも貢献するということだ。リハビリやスポーツのパフォーマンス向上、ロボットの運動学習モデル構築などへの応用が期待される。