ユニークな体験を提供するもう一つのワイナリーが「ベンゲラ・コーブ(Benguela Cove)」。ここでは、サファリカーに乗って200ヘクタールの敷地を巡り、それぞれの品種が育つ区画で、ワインを味わうというテイスティングツアーを提供する(大人1名450ランド/約3600円)。敷地内だけでも気候や土壌に違いがみられるそうだ。
丘の上のブドウ畑と裾野に広がるラグーンの風景は、サファリカーの視点でこそ一層引き立つ。案内してくれたスタッフは日没の絶景を眺めながら「ここは最高のオフィス」と誇らしげだ。ツアー後、テラスでのテイスティングでも彼は自社のワインを熱を込めて紹介。まるで旧知の友人をもてなすかのような雰囲気でワイナリーの魅力を語っていた。

南アフリカ・ワインツーリズム・カンファレンス(2025年5月開催)に登壇したデボラ・フォックス(Debora Fox)は、「ワインツーリズムの未来は、人と人とのつながりにある」と言う。ホスピタリティの専門家である彼女は、スタッフこそが体験の質を左右する存在であり、スタッフ自身が楽しみながらサービスするマインドセットが重要だという。筆者のベンゲラ・コーブでの体験は、まさにその言葉を体現していた。
“ソフト・エデュケーション”が鍵
同カンファレンスでは「ソフト・エデュケーション」というキーワードも注目された。これは、知識の習得を目的とするのではなく、楽しく意義ある体験を通して自然と学びを得るアプローチだ。若者の「ワイン離れ」が進むなかで、気候変動や農業、自然とのつながりといったストーリーに共感が集まるようになっている。

また、地域の歴史や生産者のストーリーなど、地域に根差した語りも重要だ。ワインツーリズム・オーストラリア創設者で世界的な専門家ロビン・ショー(Robin Shaw)は、苦労や失敗のストーリーが持つ意義も強調。彼女は南アフリカのワインツーリズムに大きな可能性を見ており、オーストラリアの業界関係者を対象とした視察旅行も今年実施した。

日本から南アフリカまでは距離があるが、中東経由のフライトで意外とスムーズに渡航ができる。現地には、日本とも関係のあるワイナリーもある。たとえば、国際基督教大学で出会ったハンス・シュローダーとミドリ夫妻が設立し、現在は娘とその夫の醸造家ホセ・コンデが運営する「スターク・コンデ・ワインズ(Stark-Condé)」。また、「Cage Wine」は、自然派ワインの巨匠アディ・バーデンホーストの元で修行した佐藤圭史が手がける。
現地で出会う多くの人々が日本文化に深い興味を持っており、「日本とつながりたい」「来日したい」「ビジネスをしたい」と熱い思いを語る。欧米と比べ接点が少ないからこそ、出会いの価値がより高く感じられるのだろう。
2025年、ワイナリーが集中する西ケープ州の首都ケープタウンがタイムアウト誌の「世界最高の都市」ランキングのトップの座にも選出され、今後ますますグローバルなプレゼンスを高めていくことが予測される南アフリカ。土地と人の魅力がつまった同国のワインツーリズム業界の未来は明るい。