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2025.05.23 16:00

アルミホイールを世界へ届ける人間力。苦難を越えて見出した「輪をつくる経営」

自らが製品を生み出しているわけではない商社は、何を売りにすべきか。勝負を分けるのは、社にいる人間そのものだ。まったく予期していなかった流れで祖父から続く家業を受け継いだ人間は、どんな経営スタイルを生み出したのか。


「人間力とは何か?」

サッカーのワールドカップ優勝を夢見る15歳の少年は、南米ブラジルで人生を変える問いを抱えることになった。何のために、どのような資質・能力を修養していくのか。鈴木博彦は、44歳になった今もこの問いに向き合い続けている。

サッカー少年を襲った悲劇
失意の淵から家業へ

静岡県浜松市に本拠を置き、自動車用のアルミホイールを中心に工場向けの各種資材や燃料、金属材料、工業薬品といった1,000種類以上の商材を扱う「鈴興(すずこう)」。この商社で代表取締役社長を務めているのが、鈴木博彦である。彼の半生は、挑戦と試練の積み重ねに他ならない。鈴木は幼いころから、サッカーに情熱を注いでいた。

「プロのユースチームに所属して『いずれはワールドカップで優勝を成し遂げたいという夢を追っていました。そのために、まずは本場ブラジルでプロのサッカー選手になろうと考えていたんです」

しかし、中学卒業と同時に単身ブラジルに渡った2年目のこと。ハードな練習から右目に網膜剥離を起こし、帰国を余儀なくされてしまう。日本で6度の手術を受けたが、それでも視力は戻らなかった。

光を失い、プロサッカー選手への夢は閉ざされた。鈴木は絶望の挙句に不眠に悩まされ、急性錯乱障害や自律神経失調症、統合失調症を併発してしまう。およそ2年間病との闘いは続いた。

帰国後の日々に寄り添い、支えてくれたのは、借金をしてまでブラジルに送り出してくれた両親だった。少し病状が回復してきたころ、父から声を掛けられた。

「うちで働いてみないか―」。鈴木はそのときの父の顔が今でも忘れられないという。

湯たんぽからアルミホイールへ
トップシェアを実現した祖父の教え

鈴興は、鈴木の祖父である鈴木建次が創業した会社だ。祖父はもともと中島飛行機(現在のスバル)で鋳造技師として働き、第二次大戦中には戦闘機の部品を製造していたという。終戦を迎えて中島飛行機が解散した後の1950年、自身の会社として遠州軽合金を設立した。これまでに培った技術を生かして、鍋や釜、湯たんぽなどの鋳物をつくり始めたのである。

「転機となったのが、ホンダの創業者である本田宗一郎さんのひと声でした。創業して間もないホンダから『原動機付き自転車の燃料タンクに湯たんぽが使えないか』ともちかけられたのです。この申し出は実現には至らなかったのですが、以降の遠州軽合金は、バイク用エンジン部品などの鋳造を手がけるようになります」

遠州軽合金は89年に社名をエンケイに変更。車好き、モータースポーツ好きなら聞き馴染みがある社名だろう。日本ではじめてアルミホイールを製造し、今でも世界でそのトップシェアを争うメーカーである。

「アメリカを視察した社員の発案をきっかけにして、67年にアルミホイールの製品化を実現し、アメリカへの輸出を開始しました。鈴興は、エンケイの工場への材料仕入れや製品販売を目的とした商社機能を担う会社として70年に設立されました」

鈴興には、創業者である健次が掲げた「人間尊重、相互信頼、共存共栄」という企業理念がある。

「お互いが人間を尊重することがコミュニケーションの基礎であり、それが成り立つことで相互信頼の第一歩が踏み出せます。人間を尊重し、相互で信頼し合うことで、共存共栄の道も拓けていくのです」

私たちは日々、社内で輪をつくりながら、自動車産業を担う商社として、 他社との連携で生み出す輪を大切にしています
私たちは日々、社内で輪をつくりながら、自動車産業を担う商社として、 他社との連携で生み出す輪を大切にしています

独自の経営理念も追加
サッカーで得た信念は経営で生きた

創業から半世紀以上がたち、今やEVやAIといった祖父の時代にはなかった技術が自動車産業を揺り動かしている。例えば、F1の世界では動力の供給源が「純然たるエンジン」から「ハイブリッドシステムを含めたパワーユニット」へと変わったように。

「どれだけ時代が移り変わろうとも、鈴興が祖父の哲学を捨て去ることはありません。しかし、そこに私なりに新しいものも加えながら、社内外のコミュニケーションをより活発にしていきたいと考えています」

2000年に鈴興に入社した鈴木は、さまざまな現場職から管理職までを経て、16年に35歳で代表取締役に就任した。現在の鈴興には、新たに「客信社事(きゃくしんしゃじ)」という経営理念と「皆で輪をつくる」という行動指針が加わっている。どちらも鈴木によって制定され、事業に関わる人々がひとつの円をつくるよう促すものだ。

「『客信社事』は、お客様・信用・社会貢献の3つを満たしたときにはじめて事業が成立するという意味のオリジナルの四字熟語で、さまざまな助けをいただいて現在がある私が辿り着いた心境でもあります。私は、この言葉を経営理念として肝に銘じています。また、『皆で輪をつくる』という行動指針は、鈴興の社員全員がまさに一丸となって遵守するべきものです。私たちは日々、社内で輪をつくりながら、自動車産業のバリューチェーンの一部を担う商社として、連携で生み出す輪を大切にしていくことを肝に銘じています」

鈴木は率先垂範のいわゆるカリスマ的リーダーではない。しかし、「社員の柔軟性や自律性、創造性、挑戦意欲を高める」という意味において、非常に理に適ったスタイルで自らの責務を果たしてきた。つまり、社員の自主性が育たないなどの悪影響がしばしば指摘されるマイクロマネジメントの対極に位置するセルフマネジメント型の経営スタイルをとっているのだ。

「セルフマネジメントを重視した経営の最たる効能は、普段から社員の自律性が育まれることですね。かつて、アルミホイールの品質検査に用いるヘリウムガスが世界的に不足したことがありました。検査ができなければ、アルミホイールの出荷が止まり、バリューチェーンの輪がつながらなくなってしまいます。しかし、鈴興はでき得る限りの迅速さで、エンケイのために、また日本の自動車産業のためにと、ヘリウムガスを日本全国からかき集めて、難局を脱することができました。このほかにも、難局はたくさんありましたが、不測の事態への対応力が自然と磨かれていくんだと思います」

人間力とは何か。この問いのきっかけを授けたのは、鈴木がまだ夢を追ってブラジルにいたころのサッカーのコーチの言葉だった。「プロになりたければ、人間をつくりなさい」。確かにそうだと納得しながら、鈴木少年は気持ちを強くした。周りへの気遣いや思いやりがなければサッカーはできない―。サッカーのプロから経営のプロへ。目指す未来は移り変わったが、自分の信念を貫く挑戦者としての軸は今もぶれていない。

鈴興
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すずき・ひろひこ◎1981年、静岡県浜松市生まれ。96年、中学卒業後にプロのサッカー選手を目指してブラジルへ。2年目に網膜剥離を発症して帰国。失明と夢断念のショックから精神を患い、闘病生活を送る。2000年、鈴興に入社。16年に代表取締役に就任。

Promoted by 鈴興 | text by Kiyoto Kuniryo | photographs by Masahiro Miki | edited by Akio Takashiro